本 文 (現 代 語 抜 粋)
近 来 「デ モ ク ラ シ ー」 と い う 言 葉 が 我 が 国 で も 盛 ん に 用 い ら れ る よ う に な っ た。
し か し こ の 訳 語 と し て の 「民 主 主 義」 は、 大 日 本 帝 国 憲 法 第 一 条 に 「大 日 本 帝 国 は 万 世 一 系 の 天 皇 之 を 統 治 す」 と あ る 現 行 制 度 の も と で は、 そ の ま ま 採 用 す る わ け に は い か な い。で は、 我 が 国 に お い て 「デ モ ク ラ シ ー」 を ど う 理 解 す る べ き か。
私 が 主 張 し た い の は、 「民 本 主 義」 と い う 新 し い 訳 語 で あ る。民 本 主 義 と は 何 か。 そ れ は こ う い う こ と で あ る:
「政 権 運 用 の 究 極 の 目 的 は、 政 治 上 一 般 民 衆 の 利 福 並 び に 意 嚮 (い こ う) を 重 ん ず る に あ る」す な わ ち、 主 権 が 君 主 に あ る か 国 民 に あ る か は さ て お き、 政 治 の 目 的 は 国 民 全 体 の 幸 福 と 意 思 を 第 一 と す べ き で あ る ─ と い う 立 場 で あ る。
こ の 民 本 主 義 を 実 現 す る た め に は、 二 つ の 制 度 的 条 件 が 必 要 で あ る。
- 第 一 に、 政 策 の 決 定 に 国 民 の 意 思 を 反 映 さ せ る 制 度 ─ す な わ ち、 普 通 選 挙 に よ っ て 構 成 さ れ た 議 会 の 設 置。
- 第 二 に、 政 府 を 国 民 ま た は そ の 代 表 (議 会) に 対 し て 責 任 を 負 わ せ る 制 度 ─ す な わ ち、 議 院 内 閣 制。
こ の 二 つ が 揃 っ て こ そ、 真 の 民 本 主 義 が 実 現 さ れ る。
現 行 の 日 本 で は、 衆 議 院 議 員 の 選 挙 権 が 一 定 の 納 税 額 を 持 つ 男 子 に 限 ら れ、 国 民 の ご く 一 部 し か 政 治 に 参 加 で き な い。 こ れ で は、 民 本 主 義 の 第 一 条 件 が 満 た さ れ て い な い。
我 々 は 速 や か に 普 通 選 挙 を 実 現 す べ き で あ る。ま た、 内 閣 が 議 会 に 責 任 を 負 う 仕 組 み も、 ま だ 確 立 さ れ て い な い。
内 閣 が 天 皇 の 任 命 に よ っ て 成 立 し、 議 会 と は 独 立 に 存 在 し て い る 状 況 で は、 真 の 民 本 主 義 と は 言 え な い。私 は、 こ う し た 制 度 改 革 を 通 じ て、 大 日 本 帝 国 憲 法 の 枠 内 で も、 「政 治 が 国 民 の 福 利 と 意 思 を 重 ん ず る」 民 本 主 義 を 実 現 す る こ と が で き る と 信 ず る。
こ れ こ そ が、 憲 政 (憲 法 政 治) の 本 義 を 説 い て、 そ の 「有 終 の 美」 を 済 (な) す 道 で あ る。
解 説 ─ 巧 妙 な 翻 訳 語 「民 本 主 義」
吉 野 作 造 (1878–1933) は、 1916 年 1 月、 雑 誌『中 央 公 論』 に 長 大 な 論 文 「憲 政 の 本 義 を 説 い て 其 の 有 終 の 美 を 済 す の 途 を 論 ず」 を 発 表 し た。
こ の 論 文 で 提 唱 さ れ た 「民 本 主 義」 と い う 概 念 が、 そ の 後 の 大 正 デ モ ク ラ シ ー の 思 想 的 支 柱 と な っ た。
な ぜ 「民 主 主 義」 で は な く 「民 本 主 義」 か
1889 年 (明 治 22 年) 発 布 の 大 日 本 帝 国 憲 法 は、 第 1 条 で 「大 日 本 帝 国 は 万 世 一 系 の 天 皇 之 を 統 治 す」 と 定 め て い た。
こ れ は 「主 権 在 君」(主 権 は 天 皇 に あ る) と い う 立 場 で あ る。
こ の 憲 法 の も と で、 「民 主 主 義」 (主 権 は 国 民 に あ る) を そ の ま ま 主 張 す る こ と は、 憲 法 違 反 と 見 ら れ る 危 険 が あ っ た。
時 代 は 「危 険 思 想」 を 取 り 締 ま る 時 代 で あ り、 大 学 教 授 で す ら 「不 敬」 と し て 職 を 失 う 危 険 が あ っ た。
そ こ で 吉 野 は、 「民 主 主 義」 と 訳 さ ず、 「民 本 主 義」 と い う 新 し い 言 葉 を 作 っ た。
| 民 主 主 義 (Democracy) | 民 本 主 義 (吉 野 の 訳) | |
|---|---|---|
| 主 権 の 所 在 | 国 民 に あ る | 不 問 (君 主 で も 国 民 で も よ い) |
| 政 治 の 目 的 | 国 民 の 統 治 | 国 民 の 福 利 と 意 思 を 重 視 |
| 制 度 的 条 件 | 普 通 選 挙、 議 会 責 任 制 | 同 じ |
| 大 日 本 帝 国 憲 法 と の 関 係 | 違 反 す る | 違 反 し な い |
こ の 巧 妙 な 翻 訳 語 設 計 に よ り、 吉 野 は 「憲 法 違 反 で は な い デ モ ク ラ シ ー」 を 主 張 す る こ と に 成 功 し た。
大 正 デ モ ク ラ シ ー の 流 れ
吉 野 の 民 本 主 義 を 中 心 に、 大 正 期 に は 様 々 な 民 主 化 運 動 が 展 開 し た。
- 1912 ─ 第 一 次 護 憲 運 動 (尾 崎 行 雄・犬 養 毅 ら)
- 1916 ─ 吉 野 作 造「民 本 主 義」発 表
- 1918 ─ 米 騒 動・寺 内 内 閣 倒 れ、 原 敬 (政 党 内 閣) 成 立
- 1920 ─ 新 婦 人 協 会 (平 塚 ら い て う ら)
- 1924 ─ 第 二 次 護 憲 運 動
- 1925 ─ 男 子 普 通 選 挙 法 成 立 (同 時 に 治 安 維 持 法 も 成 立)
- 1928 ─ 第 一 回 普 通 選 挙
吉 野 の 論 文 発 表 か ら 9 年 後、 つ い に 男 子 普 通 選 挙 が 実 現 し た。
だ が 同 じ 年、「危 険 思 想」 を 取 り 締 ま る 治 安 維 持 法 も 成 立。 民 主 化 と 統 制 が、 同 時 に 進 ん だ 時 代 で あ っ た。
戦 後 民 主 主 義 へ の 連 続 性
1947 年 (昭 和 22 年) 5 月 3 日、 日 本 国 憲 法 が 施 行 さ れ た。
前 文 で は こ う 宣 言 さ れ る ─「主 権 が 国 民 に 存 す る こ と を 宣 言 し、 こ の 憲 法 を 確 定 す る」。
吉 野 の 「民 本 主 義」 は、 主 権 の 所 在 を あ え て 曖 昧 に し た 過 渡 的 概 念 だ っ た。
戦 後 の 日 本 国 憲 法 で は、 こ れ が 「主 権 在 民」 と し て 明 確 に な っ た。
こ の 意 味 で、 吉 野 の 民 本 主 義 は、 戦 後 民 主 主 義 の 「先 駆 け」 で あ る と 同 時 に、 戦 前 と 戦 後 を つ な ぐ 重 要 な 思 想 的 ブ リ ッ ジ で も あ っ た。
110 年 後 の 私 た ち へ
吉 野 が 民 本 主 義 を 提 唱 し た 1916 年 か ら 110 年。
私 た ち は、 普 通 選 挙 (男 女 共 に) の 下 で 自 由 に 投 票 で き る。 「政 治 は 国 民 の 福 利 の た め に」 と い う 原 理 を、 当 然 の よ う に 受 け 入 れ て い る。
だ が、 こ の 「当 然 」 を 日 本 が 手 に 入 れ る ま で に ─ 大 正 デ モ ク ラ シ ー、 戦 争 と 統 制、 敗 戦、 戦 後 改 革 ─ ど れ ほ ど の 時 間 と 苦 労 が あ っ た か。
吉 野 作 造 が 110 年 前 に 巧 妙 な 翻 訳 語 を 作 っ て ま で 守 ろ う と し た 「政 治 の 民 主 化」 の 灯 火 を、 私 た ち は 今 も 受 け 継 い で い る の だ。